9/ 12th, 2011 | Author: Ken |
「去年マリエンバートで」
「去年マリエンバートで」。ストーリーはあるようでない。ストーリーを追うこと自体が無意味である。人は映像や言葉に時間の因果関係を結びつけ合理的解釈を無意識に行ってしまう。だから観客による想像力がストーリーやそれに伴う感情起伏を作ってしまうのだ。まあそれによって映画や文学も成り立つているとは言えるのだが…..。
バロック風の巨大で不気味なホテル、果てしなく続く廊下、足音は絨毯に吸い込まれ …… まるで耳自体が …… 古い時代の回廊 …… 大理石 …… 黒ガラス …… 黒っぽい絵、円柱 …… 一連の回廊、交差する廊下は無人の広間に …… 広間は古い時代の装飾過多、無人で静かで冷たく装飾過多で ……
男の独白で続く画像は押さえたモノトーン で限りなく美しい。「芸術のための芸術」があるのかどうかは知らないが、「映画のための映画」「映像のための映像」が存在してもいいはずだ。「去年あなたに会った」「知らない、憶えていない」…こんな会話が繰り返される。…
まるでホテルも装飾も人物も凍りつき無限循環を繰り返すように。…いや全ては死に絶え、かすかな記憶の底に亡霊となった建物と人物が彷徨い歩いているのだろうか。何が現実であり何が真なのか?果てしない問いだけが繰り返される。過去と現在、真と偽、現実と想像が混在し何が真実かは解らない。男は主観的な体験を語るが、執拗に描写すればするほど不確定になり、観客は理解しようとすればするほど理解できない世界が現れるのだ。男は客観性の外観を装いながら、実際には記憶、夢、想像にしか過ぎないものを語っている。もしかしたら、粒子の位置と運動量は同時に両方を正確に測定することができない量子力学の「不確定原理」が根底にあるのかも知れない。
そう、真の現実とは映画館、フィルムと映写機、それは暗闇の中で、単なる光と機械と一時間半の時間にしか過ぎない。
それを知りながら目に映る映像、科白、音楽、フィルムに焼き付けられた映像を、想像力が擬人化し時間の因果と不合理の渦に落ち込むのだ。それを狙った手法はシュレアリスムそのもでありSFなのだ。凍りついた庭園のシーンはルネ・マグリットやキリコを彷彿させるし女はポール・デルボーを思い起こさせる。ヨーロッパには超現実主義の芸術運動が背景としてあるから、シナリオ、映像、音楽でそれを作ろうとしたのだろう。古くは1928年にルイス・ブニュエルとダリが「アンダルシアの犬」を作っている。そして写真家マン・レイがいた。…シュレアリスムは見る者、観客の想像力を刺激するものであり、異様であればあるほど不思議な世界に誘われてしまうのだ。
有名なロートレアモン伯爵の「解剖台 の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会い…」ように。
ロブグリエは語る「あの映画は記憶に救いを求めることを一切不可能にする、永遠の現在の世界である。彼らの存在は、映画がつづく間しか持続しない。目に見える映像、耳に聞こえることば以外に、現実はありえないのである」と。
もう半世紀以上も前の話だ。田舎出の生意気な高校生であった僕は何か知的なものに非常な憧れがあった。デザイン・美術系の学校であったせいもあるだろう。その頃ATG・アート・シアター・ギルドという創造的な映画を観賞する会が出来た。大阪北野シネマだ。第一回はイエジー・カワレロウィッチの「尼僧ヨアンナ」(1962)だったと思う。難解だったけれど映像が素晴らしく美しかった。そして安部公房作「おとし穴」監督:勅使河原宏…田中邦衛の殺し屋が不気味だった。丁寧な言葉使いで「わかりましたね…」なんて。
ジャン・コクトーの「オルフェの遺言」…鏡の中へ入っていくシーンなどCGなど皆無の時代だからフィルムの逆回しや鏡は水に手をいれて、それを縦にしたのだろう。..ATGではタルコフスキー、ワイダ、ベルイマン、トリフォー、カコヤニスなどを知った。そしてアラン・レネの「去年マリエンバートで」。記憶が曖昧なのだが、確か高校生で見たと思ったのだが日本公開は1964年、東京オリンピックの年である。記憶とは当てにならないものだ。レネは「ゲルニカ」(京都市美術館で見た)「夜と霧」(ヴィクトール・フランクル:みすず書房を古本屋で見つけ衝撃を受け、学校の課題のポスターを作った思い出がある)、「二十四時間の情事」も知っていた。
いま半世紀ぶりに見直した。このCG全盛時代に全く古びていない。当時の新しい映画技法を駆使し、二重焦点レンズ、オーバー露光、サブリミナル、移動撮影、洗練、品性、高センス、インテリジェンス….そしてシュール。幾何学的庭園に立つ人物たち、長い影は地面に描いたそうだ。もしかしたら写真家の植田正治を知っていたのでしょうね。いまこんな映画が作れるだろうか?……