11/ 21st, 2015 | Author: Ken |
ぼくはこれでできています。
なぜ何もないのではなく、何かがあるのか? 哲学的形而上学じゃなく物理学としての本当の姿を知りたい。
●「なぜ宇宙があるのか?」「なぜ世界があるのか?」「なぜ無ではないのか?」「なぜ私は私なのか」それが知りたいのだ。
私は物質で出来ている。炭素系生物 → 分子 → 原子(1億分の1cm) → 原子核(1兆分の1cm)→ 素粒子 →クオーク。人間はここまで追求してきた。しかし、全てを包括する宇宙はというと、137億2000万年前にビッグバンがあり、宇宙は「無」から誕生した。その直後にインフレーションが起き光速度より早く膨張した。じゃ「無」とは何だ? 「真空」とは何だ? 無は何も無いことではなく、真空は常に電子と陽電子の仮想粒子としての対生成、対消滅が起きている。つまり、相殺されいているが、瞬間においては、「真空のゆらぎ(量子的)」があり無限大のエネルギーが存在しうるのだ。極微の宇宙が生成消滅を繰り返す「無」、そこから、量子論的効果によって時空(10-34cm )が発生した。
●生物を含むすべての物質は原子からできている。
●2個以上の原子が結合して分子がつくられ、多くの組 み合わせにより多数の分子がつくられる。
●原子はプラス電荷を帯びた原子核と周辺のマイナス電荷を持つ電子からなってい る。
●元素の化学的性質は、その原子の電子の数、外側の電子の配置によって決 まる。
●原子の「大きさ」は約1億分の1cm、原子核の「大きさ」はその1万分の1以 下である。また電子 1 個の「大きさ」は原子核の約2000万分の1。
●原子の質量は原子核に集中している。電子の質量は原子核の2000分の1 以下である。
●原子の中の電子は軌道を描くのではなく、存在の確率として雲のようにある。
●原子のと周辺の電子の集団との間は真空になっていて電気力が働く空間である。
●物質は原子でできており、中央に原子核があり、その周りに電子がある。原子核を構成するのは陽子と中性子であり、それらは、原子の大きさの10億分の1以下の大きさのクオークによってできている。
●素粒子はフェルミ粒子ボース統計に分けられ。フェルミ粒子はクオークとレプトンに分類される。クォークやレプトンは点粒子として扱われる。ボース素粒子には、素粒子間の相互作用を伝達するゲージ粒子と素粒子に質量を与えるヒッグス機構に関連して現れるヒッグス粒子とがある。ただし、重力を媒介する重力子は未発見である。
●いや、素粒子と呼ばれるものは振動する弦でできている。超弦理論になると、もう数学と形而上学の世界であるから物質の概念では判断できない?
人間はここまでは分った。それもここ100年超ほどの現代だ。じゃ、その素粒子でできた私がなぜ極微の素粒子のことを考えるのだ?自分を意識する脳は原子でできていて、素粒子でできている。そして原子の大部分は真空である。この真空と素粒子でできた私。たかが80年程自意識というものを持ち、喜怒哀楽・記憶・想像などと様々な感情というものを持ち、知性を持ち、好奇心を持ち、美意識を持ち・・・分らないことばかりである。ああ、気が遠くなりそうなこの宇宙と存在。なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?