5/ 23rd, 2010 | Author: Ken |
アルカディアを求めて。
最近知り合ったユニークな方に著書を頂いた。「イギリス的風景」…教養の旅から感性の旅へ…中島俊郎:NTT出版。これが実に興味をかき立てる。
イギリス的風景とは人工的な幾何学形から非対称、矩り蛇行し、非整形の美である。これはイングリシュ・ガーデンとして今も人気である。この美はどこから醸成されたものか。これは絵画と風景の合一であるピクチャレスクから始まった。また自然美に、ただ綺麗であるだけではなく、そこには荘厳、崇高、雄大、優美といった従来と違った美を見つける感性誕生の物語でもある。
そして18世紀の英国貴族たちがヨーロッパ文明の源流と理想の地・アルカディアを求めてローマに旅するグランド・ツアーの話…。歩くという行為から詩想を求め英国の牧歌的田園を行くペデストリアン、ワーズワス、コウルリッジ、キーツ、スティヴンソン…。
それはロマン派詩人たちに詠われ、廃墟の美学へと発展する。その点、日本人には彼らにはない美を早くから発見していた。水墨画による蛾々たる山容や老松、名も無き一輪の花に見る「もののあはれ」、そして「侘び寂び」。12世紀には歌人西行、17世紀には俳人芭蕉と、短い詩の中に鋭い感性とともに風景、人生、内面、哲学までを詠み込んだ優れた作品を残した。精神としての美である。
幕末・明治に来訪したイギリス人が日本に絵のようなピクチャレスクとアルカディアを見つけたのもうなずける。もう日本人は歩かなくなったし、全国の国道沿いは醜悪さの博覧会である。
著者は「歩く」ということにこだわりを持ち、その研究も面白い。日本人はつい近代まで移動手段は歩くことだった。お伊勢参り、お遍路、物見遊山、膝栗毛、股旅である。そういえば、数百万年ほど前アフリカに二足直立歩行する猿人が現れた。とんでもない好奇心と雑食性を持ち、10万年ほど前にスエズを越え、世界中に散らばっていった。1万年程前には凍てついたベーリング海峡を渡り、ロッキー山脈、パナマの狭隘部を歩き、アンデス山脈、最後に南端フェゴ島までたどり着いた。われわれのご先祖は歩く人だったのだ。
偉大な思想、発想、詩作、作曲は散策から生まれるという。ヴェートーヴェンの田園だね。
…ぼくも明日から早朝歩きでもするか。