12/ 10th, 2010 | Author: Ken |
ソラリス、至高のSF。
真紅と激青の光を放つ二つの太陽、その連星に惑星ソラリスがある。二重星の複雑な重力による不安定なはずの惑星軌道が何故か安定しているのだ。どうやらソラリスの海は一つの生命体であり高度の知性を有しているらしい。交互に訪れる赤い日と青く鮮烈な夜明け。菫色の大気、海からフレアのように吹き上がる想像を絶する巨大で不可解なオブジェ、海が擬態形成を行い実態化させているのだ。
いったい何が目的か、果たして意思があるのだろうか。何十年にも亘る観察も様々な仮説も何ら答えを得られない。ソラリスの知性とは何なのか?未知の生命とのファースト・コンタクトを描いているのだが、人間という基準尺度からは理解の片鱗さえ窺えない隔絶した生命体である。プラズマ状の“海”はひたすら変貌し人間を嘲笑するかのように擬態を繰り返す。
観測ステーションに男が降り立った。荒廃した内部、先任科学者たちの異常な行動。やがて男の前に十年前に自殺した恋人が現れる。そんなことはあり得ない。男は恋人の形をしたものをロケットで宇宙空間に放出する。ところが何事も無かったかのようにまた恋人が現れるのだ。どうも海は人間の最も奥深い潜在意識と記憶の奥津城をスキャニングし擬態化しているらしい。海は脳に秘められた希望や心の傷を読み取りその処方箋だけ作り出しているのか。
人間の脳、本来そこには言葉や感情といったものは一切ない。記憶とは分子の不同時性結晶の上に核酸で書き込まれた一種の絵なのだ。思い出も心の痛みも脳内の科学的・電位的変化でありわれわれはその幻想を実態と思っているのだろうか。…….恋人は激しく自己存在の意味を問う。「私はあなたにとって何?本当に私を愛しているの?」男は過去の罪の意識、悔恨に対峙し贖罪を求める…。彼女は液体酸素を飲み自殺を図る。しかし眼前で再生し復活するのだ。
男の心のなかに彼女への愛が強まり無くてはならない存在となっていく….。そして一連の実験の結果、彼女は消えた。しかし待ち続ける自分がある。….私は驚くべき奇跡の時代はまだ永遠に過去のものとなってしまった訳ではないということを固く信じていた。完
レムは解説でこう述べる「未知のものとの出会いは人間に対して、一連の意識的、哲学的、心理的、倫理的性格の問題を提起するに違いない」と。….人間と隔絶した異次元の存在。結局、人間は人間の思考を超えられない。それは鏡に映った自己を追いかけ続けているのだろうか。…..寄せては返し、寄せては返し、たゆたうソラリスの海………..。
● 「Solaris・ソラリスの陽のもとに」原作:スタニスワフ・レム 飯田 規和/訳 早川書房 いま読み返してみると宇宙科学やハードなツールなどは古めかしいが、それを超えてコンセプトが重い輝きを放つ。至上のSFである。
● 「ソラリス」アンドレイ・タルコフスキー監督(1972年)原作の意図とは違うタルコフスキーの映画だ。レムは「タルコフスキーが作ったのはソラリスではなくて罪と罰だった」と言ったそうだ。しかしエンディングの美しさは圧巻である。
● 「惑星ソラリス」スティーヴン・ソダーバーグ監督(2002年)これは恋愛映画か?