4/ 13th, 2011 | Author: Ken |
ミッシング-リンク?
ホームズから電報が届いた。彼とは「最後の挨拶」以来会っていない。私はホームズと再会できる喜びにサセックスに赴いた。
ホームズはテーブルの上の古びた頭蓋骨を観察していた。「どうしたんだい?その頭蓋骨は」。…「いや、鑑定を依頼されたのだ。最近この近くのピルトダウンで発掘されたものだ。君はどう見るかね」。…「まさか君のじゃあるまいね?モーティーマ医師が昔ホームズの頭蓋骨を欲しがっていたからね。
…… 相当古いものだが明らかにネアンデルタールではない。眼窟上隆起が少ないし現代人に近いね。でも下顎骨と合わないね」。…「お見事ワトスン!ぼくも同意見だ。頭蓋冠はホモサピエンスの明らかな特徴を示しているが、この顎と接合部が不自然だし犬歯や歯並びも奇妙だ。よってこの下顎骨は類人猿のものと推定される。恐らく偽物だ!
しかし何故こんなものを埋めたのか?その動機と人間を推理する方に興味を惹かれるね」。…「疑わしい人もいるんだろ?」。…「まず発見者が疑われるだろう。弁護士でありアマチュアの考古学者でもあったチャールズ・ドーソンだ。ドーソンは大映博物館古生物学者ウッドワードのところへ持ち込んだ。そして彼らは再調査し、さらに2本の臼歯のついた下顎骨を発見した。これこそがミッシング・リンクである猿人であり、イギリス人の祖先として相応しい大きな頭脳を持っていた!とね。話はここから喧々諤々の大論争となるのだ。
本物だ、いや疑わしい…….。捏造なら犯人が誰か?また何が動機なのか?捏造するには地質学、古生物学、解剖学の専門的知識が必要だ。疑われしい学者は大勢いるが、ぼくの推理は違う」。…「ぜひ聞きたいね」。…「まず動機だ。一つは大英帝国が人類学的にも進化学的にも優れているというこの時代風潮と愛国心だね。そして自分が信じることへの批判、これを逆に嘲笑したいという欲望、つまり愉快犯だ」。
…「ホームズ、ぼくには分からないな」。…「ほら君もよく知っているぼくの親戚でもあるチャレンジャー教授だ。彼は「ロスト・ワールド」を探検し、未発表の「人類の起源」論文もある。その出版代理人であるA.C.ドイル卿には動機があるね。驚くのは無理もないが彼はピルトダウンの近くに住んでいるし、その知識もある。そして自ら信じる進化学や妖精の存在、降霊術を批判する世間に対する増悪であり嘲笑なのだ」。「彼は医者でもあるし学会の推理力にも挑戦したのだろう」。
しかし、結論は急がない方がよいね。将来新しい年代測定方やデータが揃ったときに「完全な偽物」と断定できるだろう。いまぼくの推理を発表すると学会には冷たい東風になるだろうよ。夢を壊しちゃいけないよ。まだ聖書を信じ進化論は受け入れ難い人々が多いからね。それは常識を混乱させ大英帝国の威信を損なうことになりかねないからだよ」。…..「まあ、概して事件の外見が奇怪に見えれば見えるほどその本質は単純なものだ。それを学ぶべきだね。真実への近道なんてあり得ないのだよ。ぼくが発表するより後世に期待しようよ」。
★ 1950年、フッ素法により検査が行なわれ骨が1,500年以内のもので捏造品であると結論された。1953年にはオックスフォード大学の研究者らによる、より精密な年代測定と調査・分析が行われ、その結果、下顎骨はオランウータンのものであり、臼歯の咬面は人類のそれに似せて整形されていた証拠、古く見えるよう薬品で石器などとともに着色されていた事実、獣骨は他の地域のものである事なのである。
詳しくは「ピルトダウン」F.スペンサー著 山口敏/訳:みすず書房(1996)…犯人は誰か?興味津々読み応えある本だ。
★ 2000年、日本で旧石器捏造事件があった。東北旧石器文化研究所の副理事長が、30年近くに渡って縄文時代の石器を3万年以上前の地層に埋め、それを掘り出して日本の前期旧石器時代の存在を創作し続けていたのである。彼は「神の手」と呼ばれていた。ピルトダウン人事件に相通じるところがある。
★ 西洋絵画にはヴァニタスという寓意的静物画のジャンルがある。「人生の空しさの寓意」を表す頭蓋骨を置き人間の死すべき定めを暗示し、虚栄のはかなさを喚起させる。頭蓋骨は黙して語らない。
★モーツアルトの頭蓋骨というのもある。DNA鑑定の結果、偽物であると判定された。(ネットに写真がありますよ。検索してみて)
★マッシモ・ボンテンペルリの「頭蓋骨に描かれた絵」奇妙な味の短編である。
★ 落語に「頼朝公御十四歳のみぎりの髑髏」というのがある。大頭として有名な源頼朝の頭蓋骨だといって売ろうする男に、客がそれにしては小さいではないかというと、「十四歳のみぎりのしゃれこうべ」とね。