1/ 8th, 2010 | Author: Ken |
人間なんだからナ。
開高健が好きだ。初めて読んだのは「パニック」「裸の王様」だった。そしてあの「日本三文オペラ」。大阪砲兵工廠の焼け跡の鉄を狙ったアパッチ族を描いたものだ。当時朝鮮戦争の特需で鉄が高騰したのだった。いまの環状線は城東線と呼ばれていて森ノ宮あたりは赤錆びた鉄骨を曝していた。盗みに入った賊が警官隊に追われてキャアキャア逃げる騒声が西部劇のアパッチ族を連想させたからだ。
それからヴェトナム戦争、ビアフラ、アイヒマン裁判、アウシュビッツと、人間というものを見過ぎたのだろうか、釣りや食の世界に入った。
これが楽しい。あの早口の大阪弁でまくしたてる口調とユーモア、蘊蓄、言葉の陰翳を駆使する文章は超絶技巧だ。食にしても単なるグルメなんかじゃない。細胞からの飢えというか焼け跡の飢餓が背景にずっしりと澱んでいるんだ。わたしの兄も予科練から帰ってきて最初の給料を全てコッペパンに替え、泣きながら食ったといっていた。胃の腑が原点なんだ。この人間というなまぐさき生き物は…。 彼が井伏鱒二氏との対談で「先生、豊かになり飢えることがなくなると人間のエネルギーが減るんですね」。そんなことを喋っているのを見た事がある。彼の色紙には「入って来て生と叫び、出て行って死と叫ぶ」とあった。
「産まれてくるのは偶然、生きるのは苦痛、死ぬのは厄介」とは聖ベルナールの言葉だが彼の本のどこかで読んだ気がする。「昨日は一滴の精液、明日は一握の灰」マルクス・アキレーリウスと同じだね。それにしても早過ぎる死だった。新たな天体を見つけに旅立ったのか…。もっと読みたかったのに…。バイヤ・コン・ディオス! … そう、人間らしくやりたいな、人間なんだからナ。