12/ 16th, 2009 | Author: Ken |
憑依
「ルーダンの憑依」ミシェル・ド・セルトー/矢橋徹訳 みすず書房
1632年9月末、フランスの地方都市ルーダン、ウルスラ会修道院長のジャンヌ・デ・サンジュに悪魔が憑依した。… 悪魔はほんとうに現われたのか? 神学者=歴史家の著者セルトーは、厖大な原資料から冷静な眼で読説き、集団憑依事件の「真実」を浮かび上がらせてゆく。猛威を振るったペストの恐れか? 宗教戦争による根底的な社会不安か?医学、神学、科学革命を目前に過渡期の懐疑主義の揺れか? 宗教的時代が終わりを迎え、近代が始まろうとする歴史転換期の不安か? 修道院という閉鎖的集団による性の抑圧か?憑依者=修道院長デ・ザンジュ、魔法使い=主任司祭グランディエ、裁き手=男爵ローバルドモン、悪魔祓い師=神父シュランが演じる悪魔劇だ。役者、観衆という舞台で演技してしまう人間。多重人格、催眠術なども術者と被験者との無意識の演技ではないのか。… 幕末のお陰参り、ナチズム、一億特攻、現代にもカルト集団など情報閉鎖された社会に起きうることだ。
「尼僧ヨアンナ」ヤロスラフ・イヴァシュキェヴィッチ/関口時正訳 岩波文庫
ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を題材。中世末期のポーランドの辺境の町ルーディン、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき,悪魔祓いに派遣された神父は … 。
「尼僧ヨアンナ」監督・脚本:イェジー・カワレロウィッチ
原作:ヤロスラフ・イヴァシュキェヴィッチ 撮影:イエジー・ウォイチェック 出演:ルチーナ・ウィンニッカ、ミエチスワフ・ウォイト1961年ポーランド映画。ぼくはアート・シアター・ギルドの会員だった(大人びてみたい時期ってあるでしょう)。その第一回目の作品ではなかったか。地下にあった大阪北野シネマだった。モノクロの映像が美しかった。ただキリスト教という絶対的なものを持たない日本人には
悪魔の概念がどうもよく分からない。狐憑きなら何となく分かる気がするのだが。