4/ 16th, 2013 | Author: Ken |
時計仕掛けの棋士。
プロ棋士がコピュータに破れる。こんな記事を見た。「ツツカナ」というソフトで先月にも「ponanza」がプロ棋士を破り対戦成績はコンピュータソフトの2勝1敗になったそうだ。だからどうなんだ!僕たちは飛行機も新幹線もネットだって使っているじゃないか。
機械に負けたからってコンピュータのCPUに熱いコーヒでもぶっかけるか電源を切りゃいいのだ。と言いながら何か寂しいですね。チェス(西洋将棋)も日本の将棋もインド古代のチャラトンガが起源と言われている。二千年の歴史があるのだ。一方コンピュータのチェスの歴史を見ると半世紀ほど前にクロード・シャノン博士が論文を発表、以来デジタルとなり、1988年チェスコンピュータがグランドマスターを破り、1997年には史上最強と言われた名人ガルリ・カスパロフがコンピュータと対戦して破れた。VVSIチェスプロセッサーを搭載した「ディープ・ブルー」は1秒間に2億手を解析するそうだ。なにしろ3分間に400億の局面を計算し、過去100年間の序盤戦を記憶しているだと…。
僕は将棋もチェスも全く不調法なのだが興味は尽きない。「2001年宇宙の旅」でもHAL9000が対戦していたネ。いずれ人間型ロボットが実際に手を動かしたり仕種や表情まで出て来たらどうなるのだろう。少し気味悪い気もするが…。
まあ、寛政から明治にかけて活躍した「カラクリ儀右衛門」こと田中久重も凄い男だ。東芝の創業者であり、彼の作った「万年自鳴鐘」という見事な万年時計を国立化学博物館で見た事がある。その精密さはマニュアルの限界に挑む好奇心の発露である。ギアやゼンマイ、クランクの時計仕掛けには機構の知恵に嬉しくなってしまう。コンピュータはつかみ所もなく、音も無く稼働するメカニズムもないのだ。その点カラクリ仕掛けは人間的だ。ロンドン・ピカデリーサーカスのフォートナム&メイソンの時計、みんなあんぐりと口を開けてお上りさんをやっている…..。おいおい人形に見蕩れていると財布を摺られますゼ!
しかし最も愉快な話は1770に年ハンガリー・ブレスブルグの貴族ヴォルフガング・フォン・ケンペレン男爵によって作られた「トルコ人・The Turk」だ。人間相手にチェスを指し、以後1854年に消失するまで84年間にわたりほとんどの試合に勝利したと言うのだ。トリックが行われていないということを確かめさせるために、対戦前に内部を觀客に見せて、これは自動機械であり人が隠れていないというパフォーマンスもやったのだ。あのナポレオン・ボナパルトやベンジャミン・フランクリンとも対戦した。 「ザ・ターク」はケンペレンが死去すると、ケンペレンの息子が1808年にメトロノームの発明者でもあるメルツェルに売却。そしてアメリカにも渡りE.A.ポーも「メルツェルの将棋差し」という短編を書いたこれは人間が隠れていて駒を動かしていると推理している。1820年にロンドンのロバート・ウィリスが手品だと暴くまで誰にもバレなかった。ザ・タークはチェスの名人が内部に隠れて操作する手品であり悪戯だったのだ。何とも楽しい話で箱の内部を見せるなんざ現代のマジックでよくやる手を使っているのだ。こりゃ脱帽!
チェスといえばイングマール・ベルイマン監督の「第七の封印」(1957)が思い出される。猖獗を極める黒死病、邪教が蔓延り、不安覆われる時代、無益な十字軍遠征から祖国に帰還する騎士(マックス・フォン・シドー)、死神が現れる。彼は神の存在と自らの命を賭けたチェスで死神と対決するのだ。それは死を恐れる時間稼ぎではなく、神の存在を確認し、無益な戦役で揺らいだ信仰を取り戻すためのものだった…。しかし彼は死神にチェスの敗北をする。魂の救済も神との対話も何一つ達成できなかったが、素朴な旅芸人の一家を死神から守ることには成功する。荒れ果てた城で妻と再会、「而して小羊、第七の封印を解き給いたれば…」無残にも死神が現れ、その場に居た者すべての命を奪ってしまう。翌朝死神の魔の手から無事逃げ出した旅芸人一家が見たのは、死神に先導され数珠繋ぎになって
「死の舞踏・ダンスマカーブル」を踊る犠牲者たちの姿だった….。このシーンは今も眼に焼き付いている。「神はなぜ沈黙しているのか」!問う映画だった。モノクロームの映像が美しい……。
現代はインターネットというハイテク魔術?によって世界中と将棋やチェスを対戦できる時代だ。またガイ・フォークスの仮面を被ったアノニマス(匿名の)というハッカー集団もいる。…..「我々はアノニマス。 我々は軍団。 我々は許さない。 我々は忘れない。 待っていろ!」その人を喰ったやり方は現代のThe Turkみたいだ。