3/ 9th, 2011 | Author: Ken |
謎を切る。推理で斬る。
「ホームズ、この絵は君が描いたのかい?」「いや今朝届いたのだ」。わたしは早速ホームズのやり方で推理してみた。
「これは描いたものではないね。紙を鋭利な刃物でカットした切り絵だ。このような切り絵はフランスのシルエットが広めたというが技法が違うようだ。おや? ittetsuというサインがあるぞ。作者というのが妥当だが、「緋色の研究」のこともあるしit tetsuと読めば聖書のテトス、いやあの凱旋門で有名なローマ皇帝のテトウスだろうか?….ホームズへのオマージュだよ」。
「ブラボー!ワトスンよくやったよ。だが間違った推理はより間違を拡大しやすいものだ。1枚の絵の情報から何を推理するかは的確な観察、細部にこそ宿っているのだよ。まず紙は当たり前の上質紙だが英国のものではない。左向きの横顔、このショールカラーの曲線は明らかに右利きの手で切った特徴を表している。ぼくのことを相当研究しているようだが、男優ウィリアム・ジレットにモデルを求めたのだろうか。でもパイプの型が異なるし、またぼくのファッション・コーディネイターであるシドニー・パジェットの微かな影響を見るね。
そしてこの輪郭線と色使いは浮世絵の流れを汲んでいる。作者は間違いなく日本人だ。サインのIttetsuのitはすなわち一だ。tetsuは鉄または徹、硬く筋道を通すという意味だ。よく似た虎徹という名刀もあるし鋭利な刃先は日本刀の切味だろう。
これらの鉄の芸術品はウォレスコレクションで見る事が出来るよ。さらにここにはぼくの先祖である芸術家ヴァルネの絵もあるよ。この絵の包装紙に微妙なアルコールの匂いがする。パブで一杯飲りながら包んだのだ。そこから中年の酒好きの男だ。この左隅の薄いシミは明らかにスコッチの一滴だ。ぼくがスコッチ140銘柄を見分ける論文を書いたのは知っているだろう。滲み具合、色合い、匂いからフェイマスグラウスのソーダ割りだ」。……おや、ドアを開けてくれたまえ。ご本人が登場したようだよ。
Ittetsu :あのー、ドアの外で聞いていたのですが、さすがは見事な推理です。でも、浮世絵の影響というよりアメコミでしょう。鋭利な日本刀というのはうがちすぎでしょう。一本400円のデザインカッターなんですが。ホームズさんに評価されるとは! ああ、喉が渇いた。そこにあるスコッチを一杯ください。ソーダは持ってきましたので。
Holmes :「なら、ガソジンで割ったのはどうだい? スコッチはこれに限るよ!
★1890年代を「藤色の時代・モーブナインティーズ」とも呼ぶ。そこでホームズは「青いガーネット」で 紫色の化粧着で登場する。この化粧着姿は「コリアーズ」の表紙にもなった。 この紫だが1856年にウィリアム・パーキンはコールタールからアニリンの染料を発見した。このモーヴと名づけられた物質が世界初の合成染料である。ホームズもコールタール誘導体の研究をしていたから案外と言いたいところだが、残念ながら時代が合わないね。しかしホームズのことだ、より効率的製法を発見したのかも知れぬ…..。