9/ 17th, 2011 | Author: Ken |
Box Art 「空飛ぶホテル」
あれは僕が小学校に行く前だった。朧げで遠い微かな記憶を手繰っていくと、デザインの原点に行き着くように思える。男の子の通例として機械のメカニズムやダイナミックなものが好き。好きだから絵に描いたり模型を作ってみたい。それは到底手が届かないものを現実に引き寄せ、たとえ絵であって模型であっても所有することによって憧れの飢えを満たす行為なのだろう。当時は満足な紙や鉛筆さえ無かった。親が不憫に思ったんだろうね。安物のハトロン紙全版を与えてくれてそれに絵ばかり描いていた。
そして西宮で開かれた「アメリカ博覧会」1950年 http://www.youtube.com/watch?v=M42FSkgK6OI に連れて行ってくれた。ああ、目くるめくとはこのようなものだ。まるでパノラマ島奇談だ。驚異!感動!好奇!かっこイイーッ!目をパチクリ!オシッコが漏れそうだった。かすかな記憶の底にナイアガラ瀑布だのブロンディの家なんかがあったように思う。そしてカラフルなスチュードベーカーやポンティアックがあって、運ぶ時にぶつけたのだろうかフロントが滅茶苦茶になった車が飾ってあった。夢の夢の車がもったいない….。もう一つB29のライトR-3350サイクロトン・エンジンのカットモデルが。ふーん、星形エンジンとはこんなふうに….。
極めつけは原型がB29のボーイング 377 ストラトクルーザーだ。超空の巡航機「空飛ぶホテル」その名にふさわしく超豪華で、2階構造、ベッドがあり(当時の言葉で寝台と言いたいね)、男女別の洗面室、また、1階客室にはバーやソファ付きの豪華なラウンジがあったのだ。そうだ、1954年にM・モンローと元大リーガーのJ・ディマジオが米兵の慰問をかねてハネムーンで来日した際の飛行機だ。
ああ、アメリカ博覧会、ストラトクルーザー、なんて、なんて、カッコいい!アメリカ万歳!まだデザイン(日本では図案と言っていた)という言葉も知らなかったけれど、なんて贅沢で豪奢で、カッコいい(デザイン)なんだ。ぼくも大人になったらこんなカッコいい仕事をしヨ!….そうしたらレイモンド・ローウィが日本の煙草「ピース」のデザインをしてね。濃紺に金の鳩だ。(ノアの箱船をイメージしたのでしょうね。戦後復興を鳩とオリーブの枝に)当時ギャラが150万円!信じられない!たった箱一個パッケージがだよ!敗戦後の国民が食うや食わずの生活に追われていたニコヨン(失対事業として1日の労賃が240円)時だ。今だったら数千万円?…いやこの平成窮塞のPCで形だけのデザインならせいぜい15万ってとこか!!…嘆息。
…子ども心に思ったものだ。デザインだ!(果たしてこの道が正しかったのだろうか?)何となく後悔もありますね。
そんな古い事をなぜそこまで憶えているかというと、あまりの衝撃にボーッと夢見てたんでしょうね。今思えば帰りに今津駅の乗り換えでぼくは迷子になってしまったのだ。メソメソしていると駅員さんが剣玉で遊んでくれた。小一時間くらいして慌ててお袋が迎えに来てくれた。……いつか飛行機に乗りたいなーッ!そうしてやっと海外旅行に行けるようになった。もう時代はジェット機でボーイング707やダグラスDC-8だった。でもその原点には夢のストラトクルーザーがあった。それを描いてみた。機体は絶対にパンナムでなければならないんだ。PANAM…その響きは憧れの言葉。みなさんも覚えがあるでしょう。昔、航空会社がくれるフライトバッグ。ビニールの安物なんだが輝いていましたね。そうそう、アメリカから帰る時、日付変更線を超えるとスチュワーデスが振り袖に着替えて、お寿司とお蕎麦なんかが出ましたね。洋モクや洋酒を限度いっぱいまで買い込んでね。それにしても現代の空の旅は味気ないね。
「空飛ぶホテル」なら「エコノミークラス症候群」なんか知った事か!ですね。