8/ 28th, 2011 | Author: Ken |
Box Art / P51 Mustang
「ボックスアート」、そう、プラモデルの箱絵でぜひともに描きたいものがあった。ノースアメリカンP51マスタング、野生の悍馬というより鍛え抜かれたサラブレッドである。特にバブルキャノピーに変えた決定版ともいえるD型以後、その流麗でバランスの取れたシルエットはWWⅡの最高傑作機と呼ばれるに相応しい。まさに機体の美しと洗練の極みのデザインである。高速度、運動性、長大な後続力、B17をエスコートしてドイツ深部にまで侵攻し、太平洋ではB29を護衛して長駆、硫黄島から飛来、空戦して帰るのだから大したものである。日本軍はその無塗装の銀色に輝く機体と五月蝿さから「銀バエ」と揶揄したという。
この「銀バエ」はただ者ではなかった。層流翼の採用、高高度性能に優れたパッカード・マーリン・エンジン、胴体後方下部に置いた冷却器、ちなみにキ61三式戦「飛燕」も同じ位置に付けているが、その整形や乱流を避けるインテークなどP51が遥に洗練されている。また中国前線で鹵獲したP-51Cに搭乗した陸軍航空隊の黒江保彦によると(彼はビルマ前線でP51Bと戦っている)P-51を駆って、仮想敵機として日本各地で模擬空中戦を行った。「味方が自信を喪失しないため手加減した」と語っている。「速度は計器通り700km以上は出るし、急降下速度も優れている。運動性も良い。これに乗ったらどんな敵機だって勝てる」と。そして末期には見越し射撃角がいらないジャイロ付K14照準器を備え飛躍的に撃墜率が上がったという。カタログデータではキ-84「疾風」が戦後アメリカ製プラグとハイオクタン燃料で689KMを出した云々と贔屓をしたいところだが、粗製濫造による稼働率の悪さ、燃料、潤滑油、活用方法、あの末期的状況では到底勝ち目はない。
そしてP-51Hは新型のV-1656-9エンジンを積み、自動スーパーチャージャ制御を備え、水メタノール噴射によって最大出力は2,000HP (1,490 kW)に達した。機体軽量化・出力の増加・ラジエーター形状や機体のリファイン、P-51Hは高度7,600 m (25,000 ft)で784km/h (487 mph)に達した。当時世界一速いレシプロ戦闘機となった。「Fw Ta152H-1」や「J7W1-震電」と比較したいところだが、時代はもうジェット機の時代になりつつあった。
ボックスアートというと何故か第二次大戦機になる。まだ操縦者の腕や人間が制御する機械としての魅力があるのだ。殺伐とした戦争にロマンも何もあったものではないが、飛行服やマフラーに大空の騎士を見てしまうのだろうか。