12/ 18th, 2009 | Author: Ken |
吉村昭
吉村昭が好きだ。初めて知ったのは「星への旅」ではなかったか。それより「戦艦武蔵」「陸奥爆沈」「海軍乙事件」など太平洋戦争を題材にしたドキュメンタリータッチの歴史小説を貪るように読んだ。「蚤と爆弾」で731部隊のことも知った。戦争の裏面に名も無き多くの人間が生きた事実が浮かびあがる。確かに松本喜太朗の「戦艦大和・武蔵 設計と建造」など建艦技術としての本は知っていたが、人間を視点で書かれた本は新鮮だった。東京初空襲の空母を発見し捕虜となった人の「背中の勲章」や「逃亡」「空白の戦記」。いつしか戦史の証言者がいなくなったことにより戦争は描かなくなったが、明治維新前後の医学、初めて外国を見た人々の漂流記、知を求め続ける人々などを硬質な文体で描いてゆく。徹底した取材を通じて見た吉村昭の眼は、情感を込めない乾いた表現である。だからこそそこに生きた人間がより濃く浮かび上がるのだ。死に際も吉村昭らしい最後だった。
12/ 16th, 2009 | Author: Ken |
憑依
「ルーダンの憑依」ミシェル・ド・セルトー/矢橋徹訳 みすず書房
1632年9月末、フランスの地方都市ルーダン、ウルスラ会修道院長のジャンヌ・デ・サンジュに悪魔が憑依した。… 悪魔はほんとうに現われたのか? 神学者=歴史家の著者セルトーは、厖大な原資料から冷静な眼で読説き、集団憑依事件の「真実」を浮かび上がらせてゆく。猛威を振るったペストの恐れか? 宗教戦争による根底的な社会不安か?医学、神学、科学革命を目前に過渡期の懐疑主義の揺れか? 宗教的時代が終わりを迎え、近代が始まろうとする歴史転換期の不安か? 修道院という閉鎖的集団による性の抑圧か?憑依者=修道院長デ・ザンジュ、魔法使い=主任司祭グランディエ、裁き手=男爵ローバルドモン、悪魔祓い師=神父シュランが演じる悪魔劇だ。役者、観衆という舞台で演技してしまう人間。多重人格、催眠術なども術者と被験者との無意識の演技ではないのか。… 幕末のお陰参り、ナチズム、一億特攻、現代にもカルト集団など情報閉鎖された社会に起きうることだ。
「尼僧ヨアンナ」ヤロスラフ・イヴァシュキェヴィッチ/関口時正訳 岩波文庫
ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を題材。中世末期のポーランドの辺境の町ルーディン、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき,悪魔祓いに派遣された神父は … 。
「尼僧ヨアンナ」監督・脚本:イェジー・カワレロウィッチ
原作:ヤロスラフ・イヴァシュキェヴィッチ 撮影:イエジー・ウォイチェック 出演:ルチーナ・ウィンニッカ、ミエチスワフ・ウォイト1961年ポーランド映画。ぼくはアート・シアター・ギルドの会員だった(大人びてみたい時期ってあるでしょう)。その第一回目の作品ではなかったか。地下にあった大阪北野シネマだった。モノクロの映像が美しかった。ただキリスト教という絶対的なものを持たない日本人には
悪魔の概念がどうもよく分からない。狐憑きなら何となく分かる気がするのだが。
12/ 4th, 2009 | Author: Ken |
何でも十傑プラス10 … 冒険小説
バッハは(小川)ではないメール(大洋)だ。とヴェートーヴェンが言った…。E.A.ポーは「ユリイカ」「ハンスプファール無類の冒険」「アッシャー家の崩壊」「早過ぎた埋葬」「モルグ街の事件」「メエルシュトレエムに呑まれて」「大烏」とSF、推理・探偵、恐怖、怪異、冒険、あの素晴らしい詩。全てポーに行き着く。メール(海)なのである。だから別格として別の機会に。
冒険小説といっても幅が広い。探検、サヴァイヴァル、ミステリー、刑事・探偵、戦争、スパイ、山岳、海洋など様々なジャンルがある。さて、悩んだ末、面白い順番で選ぶしかないだろう。と言うものの難しいことこの上ない。そこでプラス10として選んでみた。
1.「高い砦」デズモンド・バグリー:ハイジャックされアンデス高地に不時着した人々が、独裁政府軍に襲われた。高山病に苦しみながら石弓を作り…。「爆走大陸」原題ジャガノート。舞台はアフリカ、政変、ジャガノート(山車)のような巨大トレーラーで脱出を図るが…。
2.「北壁の死闘」ボブ・ラングレー:アイガー北壁、神々のトラバースで凍りついた遺体を発見。ナチ騎士十字章と美女の写真が…。
3.「女王陛下のユリシーズ号」アリステア・マクリーン:対ソ支援のコンボイがムルマンスクへ…。護衛艦ユリシーズの死闘。
4.「A-10奪還チーム出動せよ」S.L.トンプソン:冷戦下、東西ドイツに暗躍するスパイチーム。頼りになる相棒は5000ccV8搭載500馬力のフォード・フェアモント。とにかく手に汗握るカーチェイス。
5.「深夜プラス1」ギャビン・ライアル:プロフェッショナルとはこういう男たちなのだ!
6.「ジャッカルの日」F.フォーサイス:読み出したら止めれない。気がつけば朝だった。
7.「戦争の犬たち」F.フォーサイス:キャット・シャノンいい名だ。さあ、戦いの犬を解き放て…シェイクスピア。映画「ワイルドギース」も傭兵ものとしてなかなかでした。…… 傭兵たちの挽歌。
8.「シャドー81」ルシアン・ネイハム:戦闘機がジャンボジェットをハイジャック。この奇想天外がいい。
9.「飛べフェニックス」エルストン・トレヴァー:砂漠に不時着した双胴機を改造して脱出しようと…。その設計者が実は…。映画も実に面白い。アルドリッチは職人だね。飛行シーンはポール・マンツ空軍、彼はこの撮影で還らぬ人となった。
10.「ロビンソン漂流記」ダニエル・デフォー:1719年刊行。サヴァイヴァルものの嚆矢。ということはスウィフトの「ガリバー旅行記」の方が冒険に次ぐ冒険だね。平賀源内もそんなの書いていたっけ?
11.「白鯨」ハーマン・メルヴィル:これを冒険小説に入れるかどうかは別として、海洋冒険としては頗る面白い。白鯨とは何か?悪の象徴か?
12.「血の収穫」ダシール・ハメット:ハードボイルド、映画「用心棒」の基と言われる。そうなると「マルタの鷹」も。
13.「バスカヴィル家の犬」コナン・ドイル:今さら言うこともなしS・ホームズの最高作。ワトソン君、君なら二十傑をどう推理するかね?
14.「さらば愛しき人よ」R・チャンドラー:これもハードボイルドだけれど。映画ではロバート・ミッチャムのが一番だね。けだるいテナーをバックにネオンの点滅が映る窓。「最近疲れを憶える、歳のせいか?この気候のせいか?」泣かせるね。この中年男がいいんだ。シャーロット・ランプリングの何かを含んだ眼、悪女ぶり。そしてジョー・ディマジオの連続ヒットなんかが絡んでね。
15.「鷲は舞い降りた」ジャック・ヒギンス:チャーチル暗殺の指令を受けて鷲は飛び立つ。デブリンは「私が最後の冒険者だからだ」とシュタイナに答える。葉巻をくわえた男の暗殺に成功するが…。
16.「野獣死すべし」大藪春彦:ソ連軍のバラライカに追われて引上げ者としての過去。彼の自叙伝?映画では仲代達矢でしょう。松田優作のも見た。これは酷い!戦場カメラマンのPTSD、その大演説。堪え難いほど陳腐。何で音楽がアルビノーニのアダージョなんだ。
17.「海底2万マイル」ジュール・ベルヌ:SFの分類?海洋冒険大活劇。子供心に映画も興奮したね。ネモ船長は複雑な過去と心の持ち主、パイプオルガンでバッハのトッカータとフーガなんて。
18.「黄土の奔流」生島次郎:金に匹敵すると言われる豚毛を求めて揚子江を遡り重慶へ…。
19.「砂のクロニクル」船戸与一:クルドの武装ゲリラ、ホメイニの革命防衛隊、片足の日本人。彼女の死、そして、いま生を終る。
20.「アラスカ前線」ハンス・オットー・マイスナー:日本人特殊部隊がアラスカで…。変な日本の戦艦の名前、何か風船爆弾を思い出すね。まあ、最後はハッピーなんだが。
番外「敵中横断三百里」山中峯太郎:椛島勝一の挿絵がいいんだ。昔、映画も見たよ。「海底軍艦」押川春浪:電光艇と桜木大佐の活躍や如何に?「インディジョーンズ」「トム・ソーヤー」「針の眼」「アイガーサンクション」「ストーンシティ」「人外魔境」ほかにもいっぱい!いっぱい!思い出したら書き直します。
11/ 29th, 2009 | Author: Ken |
何でも十傑…….怪獣・怪物・モンスター。
1.「キングコング」1933年公開。以後、怪獣映画の基となる独創性に乾杯だ。おどろおどろしいスカル島、異様な壁、恐竜との戦い、見せ物興行「世界八番目の奇跡」、大都市の破壊、美女と野獣、哀れみを誘うその死…。リメイク版はオリジナルを越えられないの例え通り、どうってこと無かった。最新のリメイク版はあえて30年代に設定したが、退屈このうえなし!CGより「おどろおどろしさ」こそ活動写真だ。私が小学1年生のとき生まれて初めて見た洋画である。松明、銅鑼、ジャングルをかき分けコングが現れるときのあの怖かったこと。怪獣映画の金字塔。
2.「ゴジラ」1954年公開。背景に核兵器への批判がある。ラジオドラマにもなった?オキシジェン・デストロイヤーで退治。「ゴジラの逆襲」までは許されるが、それ以後は堕落の一途。アメリカ版の予告編は素晴らしかった(それで劇場に足を運んだ)が、ありゃトカゲだ。最悪だ。
3.「トリフィド」ジョン・ウィンダム原作。流星を見た人類が視力を失った…食肉植物トリフィドが徘徊する。数少ない見える人が…。映画は?×。
4.「影が行く」ジョン・W・キャンベルJr.。この悪趣味な怪物を見ろ!遊星からの物体Xとして2回映画になった。両方ともなかなか面白かった。
5.「エイリアン」リドリー・スコット監督。1979年公開。この不気味さ、H.R.ギーガーの才能に参った(早速ネクロノミコンの画集を買った)。変態をしていく奇怪さ、全部を見せないもどかしさ…。いつのまにやらプレデターとジョイントしてB級になってしまったが。あの宇宙船の名がノストローモ号、これはJ・コンラッドの小説から取ったのかしら。
6.「ひる」ロバート・シェクリイ原作。ある日妙な生物が…殺そうとしてエネルギーを加えるほど成長する。ああ、最後が怖い。
7.「フランケンシュタインの怪物」メアリー・シェリー原作。いつのまにか博士の名が怪物になってしまった。まあボリス・カーロフでしょう。
8「ドラキュラ」ブラム・ストーカー原作。もうおなじみすぎて…。ベラ・ルゴシ、クリストファー・リー、どっちがいい?
9.「ウィンク」小松左京。人間の情報受信の大半は目だ。エイリアンは目となって…。蛇口をひねると、血管を引きずった眼球がドロドロと…。
10.「覚・さとり」夜の深山で一人でたき火をしていると現れたりする。こちらの思っていること全てを見透かし、こちらが口に出すよりも早くそれらを喋る。心を読む山爺という妖怪。未来が見える男「夜は千の眼を持つ」というE.G.ロビンソンの映画があった。
水木しげるの妖怪に百目というのもいたね。12世紀ビンゲンのヒルデガルドのヴィジョン「光り輝くもの」にも体中眼の絵があった。
番外特別:「人間」昔N.Yの動物園に何も入っていない檻があった。中に鏡が張ってあって「最も危険な動物」との標識が掲げてあったそうな。
核爆弾、生物兵器、毒ガス、アウシュヴィッツ、ヒロシマ・ナガサキ、ドレスデン、ジュウケイ・ナンキン…。平然と行う神経はモンスターを越えている。
11/ 28th, 2009 | Author: Ken |
創造性はどこから来るのか。
●「アスペルガー症候群の天才たち」マイケル・フィッツジェラルド著/石坂好樹・花島綾子・太田多紀 訳/清和書店
天才と呼ばれる歴史的な人物を心理病跡学から論じ興味深く読ませる。哲学者ウィトゲンシュタイン、数学者でアリスのルイス・キャロル、数学者ラマヌジャン、詩人W.B.イェイツ …彼らはHFA/ASP高機能自閉症およびアスペルガー症候群だった。天才が創造性を高めるのに自閉症であることがどのような影響を与えているかを、事例を基にして、自閉症の対人関係の偏り、他人を慮る情緒の欠如、対人障害を持ちながら、常人ではなし得ない果てしない努力や極度の集中力と持続など。天才の「自閉的知性」を探求していく。
●「なぜ彼らは天才的能力を示すのか」サヴァン症候群の驚異。D.A.トレッツファート/高橋健次 訳/草思社
知能は劣っているのに驚異的な才能を発揮するサヴァン。電光石火計算、カレンダー計算、カメラ的視覚写実、立体把握、一度聞いたらすぐ演奏できるCD的能力、コンピュータ的記憶、素数で遊ぶ…。しかし彼らは新しい数学の定理は発見できないし、音楽にも新しい啓示はもたらさない。人間の創造力は脳のどこにあるのか? ジェリーみたいな1300ccほどの脳、タンパク質と脂質と水でできた脳。どこにその秘密があるのか? 天才アマデゥス・モーツアルト。彼はアレグリのミゼーレを一度聞いただけで全曲の総譜を書き、新しいシンフォニーを一瞬で作曲したといわれる。われわれ凡人に神は「アマデゥス」を与えてくれなかったんだ。せめてサリエリの10分の1ほど、いや楽器をさわれるほどの才能でも授かりたかったものだ。
11/ 19th, 2009 | Author: Ken |
クアトロ・ラガッツィ
天正十年一月二十八日(1582年2月20日)、長崎から4人の少年が出帆した。伊藤マンショ、千各石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティーノ、である…。天正少年使節をめぐる膨大な記録を執拗に追求し生まれた本である。
「クアトロ・ラガッツィ」は若桑みどり/著:「マリエリスム芸術論」「カラヴァジオ」「イメージを読む」「バラのイコノロジー」など図象解釈学、美学者としてのイメージが強かった。歴史という巨大な流れのなか、信長、秀吉など権力で時代を握った者でない無名の人々がいると問う。権力に逆らい、戦い、自分の人生をまっとうした人々である。それらの人々の夢、喜び、愛、怨嗟、悲嘆、そのものが歴史であると。
歴史はヒーローだけのものではない。あなたも私も、いまここ、時代の上に無名の存在としてあるが、これらの無数の人々がいなくて何の歴史だろう。1633年江戸幕府が鎖国を命令した年、ジュリアンは長崎で処刑された。穴吊りされた5日間、暗黒の中で彼は何を考えていたのだろうか…。希望と不安を胸に、輝けるリスボンへの船上で三人の友と暗唱した句「幸いなるかな、正義のため迫害されるもの、天の王国はその人のものである」(マタイ伝)。「クアトロ・ラガッツィ!スー、アル・ラヴォーロ(4人の少年よ!さあ勉強だ)」。
500ページを越える大著であるが、読み応え充分、本日2回目を読み終えた。
★最近2014年に伊東マンショ(1570?~1612)の肖像画がイタリアで見つかった。ティントレットの息子ドメニコ・ティントレット(1560~1635)が描いたそうだ。54 x 43cm。裏面にD.Mansio Nipote del Re di Figenga Amb(ascitor) e del Re Fra(nces)co Bvgnocingva a sva San(tit) aの銘がある。
●併せて使節団の従者であった日本人少年ドラードの眼を通して描いた、三浦哲郎氏の「少年讃歌」も読まれることをお勧めしたい。