11/ 29th, 2009 | Author: Ken |
何でも十傑…….怪獣・怪物・モンスター。
1.「キングコング」1933年公開。以後、怪獣映画の基となる独創性に乾杯だ。おどろおどろしいスカル島、異様な壁、恐竜との戦い、見せ物興行「世界八番目の奇跡」、大都市の破壊、美女と野獣、哀れみを誘うその死…。リメイク版はオリジナルを越えられないの例え通り、どうってこと無かった。最新のリメイク版はあえて30年代に設定したが、退屈このうえなし!CGより「おどろおどろしさ」こそ活動写真だ。私が小学1年生のとき生まれて初めて見た洋画である。松明、銅鑼、ジャングルをかき分けコングが現れるときのあの怖かったこと。怪獣映画の金字塔。
2.「ゴジラ」1954年公開。背景に核兵器への批判がある。ラジオドラマにもなった?オキシジェン・デストロイヤーで退治。「ゴジラの逆襲」までは許されるが、それ以後は堕落の一途。アメリカ版の予告編は素晴らしかった(それで劇場に足を運んだ)が、ありゃトカゲだ。最悪だ。
3.「トリフィド」ジョン・ウィンダム原作。流星を見た人類が視力を失った…食肉植物トリフィドが徘徊する。数少ない見える人が…。映画は?×。
4.「影が行く」ジョン・W・キャンベルJr.。この悪趣味な怪物を見ろ!遊星からの物体Xとして2回映画になった。両方ともなかなか面白かった。
5.「エイリアン」リドリー・スコット監督。1979年公開。この不気味さ、H.R.ギーガーの才能に参った(早速ネクロノミコンの画集を買った)。変態をしていく奇怪さ、全部を見せないもどかしさ…。いつのまにやらプレデターとジョイントしてB級になってしまったが。あの宇宙船の名がノストローモ号、これはJ・コンラッドの小説から取ったのかしら。
6.「ひる」ロバート・シェクリイ原作。ある日妙な生物が…殺そうとしてエネルギーを加えるほど成長する。ああ、最後が怖い。
7.「フランケンシュタインの怪物」メアリー・シェリー原作。いつのまにか博士の名が怪物になってしまった。まあボリス・カーロフでしょう。
8「ドラキュラ」ブラム・ストーカー原作。もうおなじみすぎて…。ベラ・ルゴシ、クリストファー・リー、どっちがいい?
9.「ウィンク」小松左京。人間の情報受信の大半は目だ。エイリアンは目となって…。蛇口をひねると、血管を引きずった眼球がドロドロと…。
10.「覚・さとり」夜の深山で一人でたき火をしていると現れたりする。こちらの思っていること全てを見透かし、こちらが口に出すよりも早くそれらを喋る。心を読む山爺という妖怪。未来が見える男「夜は千の眼を持つ」というE.G.ロビンソンの映画があった。
水木しげるの妖怪に百目というのもいたね。12世紀ビンゲンのヒルデガルドのヴィジョン「光り輝くもの」にも体中眼の絵があった。
番外特別:「人間」昔N.Yの動物園に何も入っていない檻があった。中に鏡が張ってあって「最も危険な動物」との標識が掲げてあったそうな。
核爆弾、生物兵器、毒ガス、アウシュヴィッツ、ヒロシマ・ナガサキ、ドレスデン、ジュウケイ・ナンキン…。平然と行う神経はモンスターを越えている。
11/ 24th, 2009 | Author: Ken |
As Time Goes By
カサブランカって本当の名作なんだろうか? 主役にはボガートじゃなくロナルド・レーガンの予定だった。彼ならどう言うのだろう。
イルザの顎を突いて「戦時国債を買え!」。こんなジョークを聞いたことがある。カサブランカ、白い家。それだけでロマンチックになるね。
そこでだ、昔カサブランカに行った。きっと映画の何かがある。そう期待していたんだ。まったくの何も無し、あれは100%メイド・イン・ハリウッド。・・・ホテルにバーがあった。リックス・カフェ・アメリカンじゃないけれどカサブランカのポスターなんかで雰囲気作り。こちらもカッコつけてマティーニなんぞ。お味は? とてもプレイ・イット・アゲイン!とは言えなかったネ。何となくカスバの女を口ずさみたくなったよ。
でもこの映画の台詞キザだね。「昨夜どうして会ってくれなかったの?」「そんな過去のこと」。「じゃ明日は?」「そんな未来のこと」。やるなー!日活映画も頑張った。「泣くんじゃない。でも、その涙の中に二人の真実があるんだゼ」。たしか裕次郎だったと思うよ。何となく喉の奥がかゆくなりそう…。「彼女が耐えられるのなら、僕だって。弾きたまえ!」。
チクショー! ボギー、俺も男だ!
11/ 18th, 2009 | Author: Ken |
遥かなる山の呼び声。
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シェーンに会いたくてワイオミングのグランド・ティトンに行った。あの名作「シェーン」の舞台だ。西部劇といえばテキサスやアリゾナの荒野と砂塵を連想するのだが「シェーン」は違った。主役はワイオミングの圧倒的な自然だ。ジャック・シェーファーの原作では1889年となっている。フロンティアの終焉の頃だ。日本でいえば明治21年、日清戦争の少し前だ。アメリカは以外と最近まで西部劇の世界だったんだね。
ジャクソンの街も車とパソコンの時代になったが、街をでるとすぐに、あの圧倒的なグランド・ティトンが聳えている。
そこで…「シェーン!カムバック!」ジョーイの叫びを背景に、シェーンはワイオミングの山へと去っていった…。感動的なラストシーンだが、シェーンは死んだのだろうか?
「決闘でシェーンが撃たれた」「ジョーイの必死の叫びに反応しない」「消え行くシェーンの片手が力なく伸びている」「ラストシーンでシェーンの去る方向が墓場である」など、いまだに論議が続いている。原作ではベルトのバックルの上に濃い染みが広がったとある。それにしてもジャック・パランス演じるスターク・ウィルソンという拳銃使いは凄かったね。黒ずくめでブラックコーヒーしか飲まず、エリシャ・クック・ジュニア(小心で小狡い男を演じたら最高の脇役だね)を撃ち殺すシーンなんて…。
シェーンは何処にいったんだろうか? シャノンという博打打ちの噂も聞いたとあるが、シェーンはワイオミングの自然に消えたんだ。
「人は生まれたときから型が決まっているんだ。俺は変えようとしたが駄目だった。人を殺すともう後戻りはできないんだよ」。
シェーン! ガンファイター、消え行く種族、アメリカ版、長谷川伸の世界だね。
11/ 11th, 2009 | Author: Ken |
映画は一編の詩である。松林監督
森繁久彌さんが亡くなった。彼の最多出演映画は「社長シリーズ」だろう。その37本中32本を監督したのが松林宗恵監督だ。
今年4月末、友人の切り絵作家・成田一徹さんと監督のお家を訪問した。89歳、お体を少し悪くしたとおっしゃっていたが、頭脳明晰、過去の作品など瞬時に細部まで話が及ぶ。監督にはお聞きしたかったことがたくさんあった。昔見た「太平洋の嵐」全編文語体。ミッドウェーのシーンで「飛竜」の山口多門(三船)と加来艦長(田崎潤)が海底で羅針盤に身体を縛りつけた亡霊となって話す。「みんな勇ましく死んで太平洋にこういう墓場が増えるんでしょうなー」「うむ、もう増やしたくないがなー」。なぜこのようなシーンを挿入したのか?
「私は陸戦隊の隊長としてアモイ島に向う途中、コンソリーデッドB24の2機に襲われた。爆弾、機銃掃射、ラッタルを駆け下りたとき目の前の甲板に私の身体を貫いた大きな弾痕が見えた。てっきり死んだと思った。多くの仲間が死んだ。彼らの言葉を代弁したかったんだよ」。「人間魚雷回天」(日本最高の戦争映画の評)。出撃前夜、岡田英二が従兵(哲学の先生)とカントについて話す。「Es ist Gut これでいいんだ」というシークエンス。ドキュメンタリー表現の出撃シーン。沼田曜一が回天の上に立ち上がり日本刀を抜いて「刀振れ!」このシーンは本当に凄みがある。彼ら6名の隊員には監督の分身として東京6大学から一人づつ配したそうだ。今から見れば特撮はチャチだけれど、戦争を越えて来た「凄み」が違う。夕刻が近づいた。帰り際、監督がテープを聞かせてくれた。軍歌だった。「最近はこれを聞いているんだよ。繁さんもいいね。
…声を殺して黙々と 影を落して粛々と兵は徐州へ前線へ…」。「このテープ2本あるから1本をどうぞ」。成田さんが頂いた。
8月15日、監督の訃報を聞いた。成田さんと二人でグラスを傾けた。「8月15日は監督にとって特別の日だ。その日まで頑張ったんだよ。意志だよ」「そうだねー、皆が待っていて迎えてくれたんだよ」。二人とも黙ったままカウンターに眼を落としていた。今も監督の声が聞こえる「映画はエンターテインメントだよ。あの貧しい時代、一生懸命働いて、その乏しいお金で映画に来てくれるんだ。映画に夢を求めてくれているんだ。ありがたいことだね、だから」…。
11/ 9th, 2009 | Author: Ken |
映画が先生だった。
映画はイベントだった。ビデオもDVDも無い時代だから映画を見に行くということは特別の日であるわけだ。デートは喫茶店か映画が定番だったネ、ご同輩。シネコンと違い、23 × 12mもある凹面に湾曲した巨大スクリーンに我を忘れて魅入ったものだ。「2001年宇宙の旅」2001年なんて遠い未来だと感じていたが、何とまあ、とっくに通り過ぎてしまったネ。特にお気に入りはヒッチコックだった。「めまい」「北北西に進路を取れ」「鳥」そして、あの「サイコ」。お洒落なんだ。お上品なんだ。楽しませることを熟知しているんだ。映画はエンターテインメントだ!とほくそ笑んでいるんだね。
そして何と言ってもソール・バスのタイトルバック。もちろん、あのダダダダダーン!「黄金の腕」「オーシャンと11人の仲間」いまならFlashやAfter effectで簡単(カンタンでもないか)に作れるけれど、PCなんて影も形もない当時だよ。余談だが「めまい」ネ。あれコンピュータを使ったなんてほとんどの人が孫引きしているが、あれはフォト・ペンジュラムだと思うよ。暗い部屋にペンライトを吊るして回転さす。その軌跡をシャッターを解放させて撮すんだ。僕もやったことあるモン。そして、そしてだよ。「ウエストサイド・ストーリー」プロローグも素敵だし、終わりの落書までもがデザインされている心憎さ。他にもいっぱい、いっぱいね…、
ソール・バス先生。あの暗闇の中で期待に胸を弾ませ、息を詰めて見つめた世界。…映画が先生だった。